前編の記事はこちら
>>レフカダ2日目は1人で街歩き①お散歩備忘録とレフカダの歴史について
気温は32℃を越え、お店も休憩中。
レフカダにはそれほど長くいないので見れるものは
As much as possible 見たい!
とはいえ頑張りたいのですが体力がなかなか回復しません。
ドアを開けると、なんとも地元っぽい教会でした。
いわゆる ”ギリシャ正教” です。
わたしは識者ではないのでざっくりとした説明になってしまいますがプロテスタントでもカトリックでもなく東方正教会。ロシア正教はじめ〇〇正教とつくものと宗派は同じだそうですがより地域密着型なイメージでしょうか?
建築に関しては、わたしが尋ねたことがあるロシア正教、エストニア正教、ブルガリア正教のどれよりもこじんまりしていました。レフカダが田舎だからなだけかもしれませんが。
キリスト教から東方正教会が分裂したのは11世紀のこと。
小泉八雲( Lafcadio Hearn )の母ローザもきっと祈りを捧げていたはず。
東方正教会では幼児洗礼も一般的で、Patrick Lafcadio Hearn として名を受けたわたしの高祖父もレフカダのギリシャ正教会で生まれて間もなく洗礼を受けます。
O.W. Frost著 Young Lafcadio Hearn によるとレフカダのスクエアからすぐ近くの教会 Saint Paraskevi にて洗礼を受けたとのこと。
現在中には入れません。(Web情報)
日本にいる間は旅の資金を稼ぐのに精一杯で調べものはあっさりとしかせずに現地に向かいました。
(そしてだれか案内してくれるかも〜というあま〜い期待もあり。打ち砕かれましたが。)
なので上記の写真はレフカダ市のサイトからお借りしています。
もしかしたら前を通っていたかもしれないですが、次回訪れることがあればなんとかして中を見たいものです。
ゆかりの地のあるものと言えばやはり
動かす訳に行かないので逆光ですが。こうして晴天の日にお目にかかれて嬉しいです。
まぎれもなくこの場所で生まれたのですが1948年6月30日の地震で倒壊して再建されたものだとか。
人しか通れないようなほっそい道
Lafcadio Hearn 及び小泉八雲の名前もギリシャ語で。
SANYOの室外機がいい味出てます。日本製である時点で最高にエモい。
レフカダは海抜0m地域がほとんどなので温暖化が恐ろしいのですが沈む前にもう一度行きたいです。
この次の記事はこちら
>>レフカダ2日目は1人で街歩き③高祖父小泉八雲を〇〇の免罪符に使うことを覚える