アイルランド生活

ハイスペックな息子を持ったチャールズ おじいさまの私生活を160年越しにご紹介

小泉八雲( Lafcadio Hearn) の父、チャールズ ブッシュ ハーン (Charles Bush Hearn )は私からみるとひいひいひいおじいさま(六代前)に当たります。3%強の彼の血が流れています。

1818年にダブリンで生まれ、ケルズの書でも有名なトリニティカレッジの医学部を卒業後、イギリス軍の医者として活躍します(当時アイルランドは占領下)。
1849年、イギリスの保護国であったイオニア諸島レフカダ島にてローザ アントニオ カシマチ(Rosa Antonia Cassimati )と出会い結婚。3男をもうけ次男に当たるのが私の高祖父、小泉八雲です。

 

いつ撮られたものかはわかりませんが39歳の時点で頭部に汗がしたたっていたとのこと。

 

なお、私の父は還暦過ぎても割とふさふさです。よかったね!

 

 

Lafcadioとの思い出は?

はじめて会ったのはなんと3歳

レフカダ2日目は1人で街歩き①お散歩備忘録とレフカダの歴史について

  でも綴りましたが小泉八雲が生まれた1850年6月27日、チャールズはどこにいたのでしょうか?それは

Limerick (リムリック)

 

リムリックは内陸部にあるアイルランド第3(人によっては4)の都市です。
理由は恐らくお仕事だとは思うのですがそれにしてもはじめてLafcadioに会ったのが3歳(長男はLafcadioが生まれた1ヶ月半後に病死)というのは余程多忙だったのか、家庭の優先順位が低かったのか、はたまたその両方かといった所でしょう。
仕事が仕事なので従軍のために海外に飛ぶ(当時は船だから…出航する?)ことばかりで最後に息子と会ったのはクリミア戦争から帰還し、Lafcadioが7歳ときだったとのこと。場所は私が2018〜2019年に暮らしたトラモアのビーチだったそうです。

 

小泉八雲が最後に父に会った海岸

 

その頃(1857年7月18日)に2番目の妻、アリシア ゴズリン クローフォード(Alicia Goslin Crawford) と結婚し三女(全員年子)をもうけます。ちなみにアリシアさんとは…なんとローザおばあさまと出会う前から親交が会ったそうなんです!

 

 

どういうこっちゃねん!

アリシアさんとはアイルランドからギリシャへ行くまでに既に仲が良かったものの、両親から決められた相手である裕福な裁判官のジョージ(George John Crawford)との結婚が決まってがおり、チャールズはあきらめざるを得なかったとのこと。

ところがどっこい!

ジョージが亡くなってアリシアは未亡人!
オーストラリアのアデレイド(こりゃまた地球の裏側です。)からダブリンにとんでもないタイミングで帰ってきます。
妻のローザはアイルランドの生活に嫌気がさして1人(お腹に三男を身ごもりつつ)ギリシャに里帰り。

チャーンス!

 

アリシアさんとの愛の巣。Lafcadioもこのドアをくぐっていたとのこと。複雑な気分で訪れました。

 

出来の良い息子を持つと大変ですね。この浮気者。

こんなにかわいかったのに

 

ローザさんがいないのをいいことにチャールズは一ヶ月(1856年9月15日〜10月15日)の休暇を ”一身上の都合” で取りその後さらに”病欠” ということで翌年7月まで延長します。150年以上前のことなのでどこまで本当かはわかりませんが。
この10ヶ月の間に彼が救えた命はどれほどのものだったのでしょうか。従軍なさった兵士の方やそのご家族に子孫として謝りたい気持ちになります。なにしとんねんジジィ!

ちなみにローザさんとの離婚については

レフカダでの婚姻の記録に不備がある。よってイギリス国内に置いては非合法である。

というイギリスの判断のもと結婚自体がなかったことに。またローザさんもそれについては争わ(え)なかったのだとか。

よってチャールズクソジジィは ”独身” としてアリシアさんと1857年7月18日に結婚し、まもなく第一歩兵連隊とともにインドへ旅立ちます。以後Lafcadioや三男のDaniel James Hearnと会うこともなく、何度かインドから出された手紙にもLafcadioが返事をすることはありませんでした。
1866年、チャールズは黄熱病のために船上で命を落とします。

ちなみにチャールズとアリシアさんの間には3人の娘がいましたが当然のことながら腹違いの兄であるLafcadio Hearnと会うことはありませんでした。没年も調べましたがわかりませんでした。

余談ですがシンシナティで出会ったLafcadioの最初の妻の名前は偶然にも Alicia だったりします。

ローザさんどうなっちゃったの?

ギリシャに里帰り出産した後、周りの勧めもあって同じような身分のイタリア系男性イオニアス カバリニスと再婚します。
その条件としては2人の息子の ”いかなる保護義務を請け負わない” ということ。
運良くダブリンの裕福な家族によって面倒を見てもらえることを保証されていたので三男のDaniel James Hearnは共に来た乳母とともにダブリンへ追い返されます。

アンジェロ、ジョージ(え?亡くなった長男と同じ名前?)とジザとカサリンという2男2女を設けます。
時期は定かではありませんが一度、LafcadioとDanielに会うためにアイルランドを訪れるも既にもとの家から引っ越しをしており、尚且つ周りの家族が所在を明らかにしたがらなかったので息子達には会えずにギリシャに帰ります。惨い。惨すぎるよ〜。

その酷い仕打ちのために精神をわずらい、49歳から1882年12月12日、59歳で亡くなるまでの10年間をコルフ島の精神病院で過ごします。

小泉八雲は何度も母の肖像画を手に入れようとあの手この手を尽くしますが願い叶わず。
どんな大金を支払ってでも母の肖像画が欲しいとさえ思っていたそうです。

写真はどうやらないそうです。

 

 

ああ〜色々調べながら悲しくなっちゃったよ〜。はるばる会いにいったのに会えないとか酷すぎるよ〜。

天国に行ったらレフカダでのこととかローザさんとたっくさんお話したい!

もし地獄に堕ちてもチャールズクソジジイに会えるかな?

念のため今世ではなるべく徳を積んでおきます!

 

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ABOUT ME
守谷 天由子
ギリシャとアイルランド人のハーフである明治の文豪、小泉八雲 (Lafcadio Hearn) の孫の孫の守谷天由子(もりやあゆこ)です。 文系か理系かと言われるとアート系のジュエリーデザイナー。 八雲と同じく異文化に触れる旅やウィスキーが大好き! 2017年に5カ国に渡る足跡ツアーを4ヶ月かけて自力で回りました。 2018年から1年間八雲縁の地であるアイルランドの田舎で暮らした経験を踏まえて多岐ジャンルに渡って発信中!